頭が良くなるという言葉からは直接的に外れるかもしれないが、頭の良さとは何も学力や記憶力だけを指すわけではない。社会の中で生き抜いていくために必要なのは、適応力である。どんな状況にも感情的にならず、自分をうまく適用させる力が要求される。
睡眠中に分泌されるホルモンは、我々の適応力に大きく関わっている。具体的には、我々自身の変化に適応する力と外の環境に適応する力である。睡眠中に出るホルモンは三部構成になっている。それぞれのホルモンの特徴を理解すれば、睡眠をフル活用するためにやるべきことが明らかになる。
▼目次
成長ホルモン
睡眠の前半には成長ホルモンが分泌される。成長ホルモンは、睡眠の深さに依存するホルモン、つまり、睡眠が深くなり深部体温が急激に下がるほど増えるホルモなのである。
成長ホルモンは、 我々自身の体の変化に適応する役割を担っている。
先ほど説明したように、最も深い睡眠が出現するのは、眠り始めの最初のサイクルである。そのため、成長ホルモンも、眠り始めたタイミングに最も多く分泌される。成長ホルモンは眠り始めの約90分が最も多く分泌され、約3時間で分泌が終わる。
成長ホルモンが睡眠中に分泌されるかどうかは、睡眠の時間帯で決まるのではなく、睡眠の深さで決まる。何時に眠ったとしても、眠り始めの時間に成長ホルモンが最も増えることが証明されている。そして、睡眠の深さとは、深部体温が急激に下がるその勾配によって決まるのだ。
たとえ夜10時に眠ったとしても、深部体温が下がらなければ成長ホルモンは分泌されないし、夜中の3時に就寝する生活だったとしても、深部体温がしっかり下がれば成長ホルモンは分泌されるのだ。
現在は働き方も生活スタイルも多様である。社会に一律のリズムを作ってもらうのではなく、自分のリズムは自分で作るという発想が必要なのである。ただ10時に眠ろうとするのではなく、就寝が何時であろうとも、深部体温を意図的に下げて、眠り始めに深い睡眠を作ることを考えなければならない。
成長ホルモンの役割は、軟骨の形成などの成長促進作用を思い浮かべる人も多いだろう。実は、我々成人にはもっと大事な働きがあるのだ。
それは、昼間に食べたものを代謝して翌日の体を作り、適正体重に戻す役割である。
食生活は、我々のパフォーマンスに大きく影響する。しかし、たとえ食生活が乱れても、翌日には一定のパフォーマンスを発揮しなければならない。成長ホルモンは、我々が昼間に摂取した食事に合わせて、翌日使える体を作っているのだ。
実は不眠症になると体重が増えてしまう人がいる。これは深い睡眠が作られなかったことで、成長ホルモンが減り、それによる糖分や脂肪分の代謝が減り、代謝されなかった分をエネルギー源として、中性脂肪に変えるという体の仕組みによるものである。ところが不眠症が改善すると、特にダイエットをしているわけでもないのに、自然に体重が減ることがある。成長ホルモンが増えたことで、糖分や脂肪分の代謝が回復したのだ。
また、心理的ストレスを受けた時も成長ホルモンは増加する。心理的ストレスによって、傷ついた神経を修復する役割を成長ホルモンがになっているからである。
仕事や勉強で頭を使うことは、脳や体にとても負担がかかる。脳と身体がダメージを受けた時に増える成長ホルモンは、我々がどんな状況でも変わらずに一定の力を発揮できるために重要なのだ。
メラトニン
睡眠の中盤で増加するのがメラトニンだ。これも我々自身の変化に適応する役割を担っている。
体の細胞が酸素に反応して錆びた状態を活性酸素と呼ぶ。この活性酸素がたまると、我々の体はダメージを受けて、疲れたり体がだるくなる。女性は肌荒れで自覚されることが多い。メラトニンは、この活性酸素を除去する抗酸化作用が最も強力なホルモンなのだ。メラトニンは、睡眠がスタートしてから3時間後あたりに分泌のピークを迎える。
このメラトニンは、脳に光が当たると減少するという性質がある。脳には目から、正確には網膜から光が感知される。明るいところで過ごすと、網膜で光を感知し、その情報が脳の視交叉上核という部位に送られる。視交叉上核は松果体に情報を伝えてメラトニンの分泌が止まる。夜に明るいところで過ごすと、眠る時間になってもメラトニンが増えないので眠くならない。
絶対にやってはいけないのが照明をつけっぱなしで眠ることだ。照明をつけっぱなしで眠ると、体にダメージを与える活性酸素を除去してくれるメラトニンを光でやっつけてしまうので、疲れが溜まり、頭の働きが悪くなる。疲れ切って帰宅したり、夜中に勉強をしていて、うっかり照明をつけたまま居眠りしてしまい、目覚めた時に体がだるく、頭がぼーっとした状態になった経験がある人も多いだろう。これは、活性酸素が溜まった状態で目覚めてしまったことによるものだ。
睡眠中にメラトニンをしっかり分泌して、すっきりした頭と体を作るには、必ず照明を消して眠るようにしなければならない。睡眠中の適切な光の量を調べた研究では、0.3ルクス(月明かり程度)で最も睡眠が深くなり、30ルクス以上では睡眠が浅くなるという結果が出ている。だから、睡眠中の照明は0.3~1ルクスが適切だとされている。
どうしても暗いと落ち着かない人は、光は網膜から脳に入るので、天井から照らす照明を止め、足元を照らす灯りや間接照明、デスクライトを壁側に当てるなどして、自分よりも低いところを明るくすることで対処してみるのもいいだろう。
メラトニンは、体に溜まった活性酸素を除去する役割の他に、1日の始まりと終わりを決める役割も担っている。
我々は、1日24時間の社会で生活しているが、本来の日本人の平均的な生体リズムは、24.2時間程度だということが明らかにされている。ただ、これも平均値なので、23時間に近い人もいれば、25時間に近い人もいる。
このように長さが異なる人たちが、同じ24時間のリズムに合わせて生活するには、どこからどこまでが今日なのかをそろえる仕組みが必要だ。この役割を担っているのがメラトニンなのだ。メラトニンが増えるほど眠くなり減るほど目を覚ます。そして、朝目覚めて、脳に光が届くと、メラトニンの分泌が止まる。この時点が朝なので、これ以上長いリズムを持っていた人も、これより短いリズムを持っていると思っていた人もスタートがそろうのだ。
朝目覚めても、カーテンを閉めたままで二度寝をしていると、メラトニンの分泌は止まらないので、朝のスタートが遅れる。さらに、メラトニンが大きく減らされないことで、昼間にも脳内にメラトニンが残ってしまい、ぼんやりしたり、ウトウト眠くなってしまう。メラトニンの分泌は、振幅があるリズムなので、朝しっかり減らして、夜はたくさん増えるように、波の振幅が大きくメリハリがつくようにすることが大切なのである。
コルチゾール
睡眠の最後、つまり起きる直前に分泌されるのがコルチゾールで、これも環境に適応する力を担っている。コルチゾールは、ストレスホルモンという名前で耳にしたことがあるかもしれないが、ストレスを生み出す悪者ではない。
仕事で負担がかかるとイライラしてくることがあるだろう。何かに集中していると、まず血液中のアドレナリンの濃度が高くなる。そして、その作業が長時間に及ぶと、アドレナリンに加えてノルアドレナリンも濃度が高くなる。さらにそこへメールや上司からの呼び出しなど、集中を邪魔するような刺激が加えられるとコルチゾールが上昇する。
アドレナリンはやる気、ノルアドレナリンは疲れ、コルチゾールはイライラを感じた時にそれぞれ作られる。コルチゾールは免疫力に関係し、体の外からウイルスが侵入した時にそれを駆除する時に作用するが、精神的なストレスでも同じような作用をする。
イライラしてきた時に、そのイライラを鎮めるためにコルチゾールが分泌される。コルチゾールがストレスホルモンと呼ばれる由来は、睡眠中のコルチゾールを計測すると、どのくらいイライラしているのかが分かるからだ。しかし、その働きはイライラを抑えることにある。
このコルチゾールには、起床準備をする役割もある。我々は、起きる時間の3時間前から起床準備がスタートする。例えば、6時起床のリズムでは、夜中の3時からコルチゾールの分泌がスタートする。平日も休日も常に6時に起床している人は、常に夜中の3時から分泌がスタートするので、タイミングよく起床準備が整い、すっきり起きられる。
しかし、普段6時起床の人が、休日10時まで眠っていたとすると、翌日は10時の3時間前である朝7時から、分泌をスタートするプログラムが組まれてしまう。そのような状態で、いつも通り6時に目覚まし時計をかけると、コルチゾールの準備が何もなされていないところに強制的に起こされるので、コルチゾールが帳尻を合わせるように急激に分泌される。
コルチゾールが異常に増えると、うつ病と同じ状態になる。この現象はブルーマンデーとして知られている。月曜日の朝が憂鬱で、会社や学校に行きたくない。これは会社や学校が嫌いなわけではなく、週末に遅くした起床時間を、月曜日の朝に急激に戻したことが原因なので、平日でも休日でもできるだけ、同じ時間に起きるのが理想なのである。
平日と休日の起床時間の差が3時間以内であれば、メンタルが不調になるケースはほとんど見受けられない。反対に、メンタルに不調をきたしている人は、起床時間が3時間以上ずれていることが少なくない。コルチゾールは、起床に向かってピークになり、ピーク後は急速に低下する。ところが、起床時間がずれると、コルチゾールのピークはしっかり作られなくなり、起床後もコルチゾールが残ってしまうのだ。
6時起床の人が10時まで眠っていると、イライラしてきたり、何をするにも億劫になるなどメンタルに不調をきたす。いきなり起床時間を揃えることが難しければ、まずはその差を3時間以内に収めることを目標にしよう。
まとめ
以上の3つのホルモンを、たっぷりタイミングよく分泌させるには、眠り始めの睡眠を深くし、寝室を真っ暗にして、起床時間を揃えることがポイントになる。